
この記事は、論理的な正しさを追求するあまり、周囲との間に深い溝を作ってしまった方へ向けて書かれています。
アドラー心理学が提唱する「横の関係」を理解し、無意識に行っている「人間関係のパワーゲーム」から降りることで、停滞した関係性に温かい血流を取り戻すための実践ガイドです。
あなたは「人間関係の裁判官」になっていないか
仕事でも家庭でも、責任ある立場になるほど、私たちは物事を効率的に、そして「正しく」進めようとします。その姿勢自体は間違いではありません。しかし、人間関係において「正しさ」を武器にした瞬間、悲劇が始まります。
「普通、こうするべきだろう」「なぜ、そんな非効率なことをするんだ」「約束を守れないなんて、社会人として失格だ」
あなたの指摘は、論理的には100%正しいかもしれません。しかし、相手はあなたの正論に感服し、行動を改めたでしょうか? それとも、心を閉ざし、反発や沈黙で応じたでしょうか?
もし後者なら、あなたは知らず知らずのうちに、相手を裁く「裁判官」の席に座っています。アドラー心理学は、この「上下関係」こそが、現代のあらゆる人間関係トラブルの元凶であると指摘します。本稿では、「正しさ」という名の凶器を置き、相手と真に対等な協力関係を築くための新しい視点を提示します。
なぜ、あなたの「正論」は相手を追い詰めるのか
アドラー心理学では、あらゆる対人関係の悩みの根源は、他者との間に「縦の関係(上下関係)」を築こうとすることにあると考えます。
無意識のパワーゲーム
「縦の関係」とは、相手を自分より「上か下か」「優れているか劣っているか」で判断する関係性です。
あなたが相手のミスを厳しく追及する時、あるいはパートナーの至らない点を論理的に指摘する時、あなたの心の中には、ある種の快感が潜んでいないでしょうか。「自分は間違っていない」「自分の方が優れている」という優越感です。
あなたは正論を言っているつもりで、実は相手に対して「私の方が上だ」とマウンティングをしているのです。これをされた側は、自分の価値を否定されたと感じ、防衛本能が働きます。反論するか、心を閉ざして逃げるか。いずれにせよ、あなたの言葉は届かなくなります。
「褒める」も「叱る」も、実は同じ穴の狢(むじな)
驚くべきことに、アドラー心理学では「褒める」ことさえも推奨しません。なぜなら、褒めるという行為は「能力のある人が、能力のない人に下す評価」だからです。「よくやった」と部下を褒める上司は、無意識に相手を見下しているのです。
褒められた側は一時的には喜びますが、やがて「褒められないと行動しない」「評価が怖い」という依存的な状態に陥ります。私たちが目指すべきなのは、こうした支配・被支配の関係ではありません。
目指すべきは「横の関係」へのパラダイムシフト
では、どうすれば良いのでしょうか。アドラーが提唱するのは、徹底した「横の関係」です。
「違う」けれど「対等」である
「横の関係」とは、立場や年齢、役割の違い(上司と部下、親と子など)はあっても、人間としての価値は全く等しい、という前提に立つ関係性です。
相手がどんなに非合理的な行動をとっていたとしても、それは相手なりの「目的」に基づいた最善の選択であると一旦認めること。自分と異なる価値観を持つ他者を、支配すべき対象ではなく、同じ共同体に属する「対等な協力者」として見ること。これが横の関係の基本姿勢です。
競争から協力へ
関係がこじれている時、私たちは相手を「打ち負かすべき敵」と見なしています。この競争の土俵から降りる勇気を持つことです。
「どちらが正しいか」を競うのをやめ、「どうすれば二人が(あるいはチームが)より良くなるか」という共通の目的に向かって協力する。この視点の転換がなければ、どんなテクニックも機能しません。
実践。「評価」をやめ、「勇気づけ」を始める技法
「横の関係」を築くための具体的なアプローチが「勇気づけ」です。これは、相手が自らの力で課題を解決できるよう、支援することを指します。
「評価言葉」を「感謝・共感言葉」に変える
今日から、相手を評価する言葉を封印しましょう。
- × 評価(褒める・叱る): 「よくできたね」「なんでそんなことしたの」
- ○ 勇気づけ(感謝・共感): 「手伝ってくれて助かったよ」「そうか、そういう気持ちだったんだね」
相手が何かをしてくれた時、「えらいね」と上から目線で評価するのではなく、「ありがとう」と対等な立場から感謝を伝える。失敗した時も、責めるのではなく、まずは相手の感情に共感する。これにより、相手は「自分はここにいていいんだ」「自分は役に立っている」という貢献感を感じ、自ら動くエネルギー(勇気)を取り戻します。
プロセスに注目する
結果が出た時だけ声をかけるのは「評価」です。結果が出なくても、そこに至るまでの努力や姿勢、小さな変化に気づき、言葉にすること。これが勇気づけです。 「契約は取れなかったけれど、あの資料の準備は素晴らしかった。チームの助けになったよ」と伝えることで、相手は次への活力を得ます。
「I(アイ)メッセージ」で提案する
相手の行動を変えたい時、「You(あなた)はなぜ〜なんだ」と相手を主語にすると、非難になります。 「I(私)はこうしてくれると嬉しい」「私はこう感じた」と、自分を主語にして気持ちや提案を伝えましょう。これは相手の領域に土足で踏み込まず、対等な立場で協力を依頼する方法です。
終わりに:「負けるが勝ち」の本当の意味
論理武装をやめ、正しさの追求をやめることは、一見すると相手に屈する「敗北」のように感じられるかもしれません。
しかし、アドラー心理学が教えるのは逆です。 不毛なパワーゲームから自ら降り、相手を信頼し、対等な一人の人間として尊重する。これこそが、真に自立した大人の態度であり、最強のコミュニケーション戦略なのです。
あなたが「裁判官」の法服を脱ぎ捨て、一人の「協力者」として相手の隣に座った時。これまで見えなかった相手の表情、そして、温かい関係の可能性が見えてくるはずです。まずは今日、身近な誰かに、評価ではない心からの「ありがとう」を伝えてみませんか。


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