野田俊作が説く、アドラー心理学「協力」という孤独脱出の治療戦略
「正しいあなた」が、なぜこれほどまでに孤独なのか
仕事でも家庭でも、あなたは最善を尽くし、論理的に考え、客観的な事実に基づき、筋の通った主張をする。しかし、返ってくるのは相手の感謝や納得ではなく、冷ややかな視線や、形ばかりの同意、あるいは激しい反発ではないでしょうか?
「私は間違ったことは言っていない」
「なぜ、当たり前のことが伝わらないのか」
そんな思いが頭をよぎるたび、胸の奥には孤独感が募りますよね。
ちょっとだけ、肩の力を抜いて考えてみませんか?
少しだけ想像してみてください。
あなたは今、ピカピカに磨き上げられた「正論」という透明なガラスの部屋の中にいます。そこからは外がよく見えるし、中にあるものはすべて筋が通っていて、一点の曇りもありません。あなたは100%正しい場所に立っています。
でも、その部屋の中にいるあなた、なんだかすごく寒そうに見えませんか?
あなたが「だって、これが正しいじゃない」と正論を口にするたび、周りの人との間に、目に見えない透明な壁が厚くなっていくような気がしませんか。部下は「おっしゃる通りです」と言いながら目を伏せて去っていき、パートナーはため息をついて別の部屋へ行ってしまう。
あなたは本当は、誰かをやり込めたいわけじゃないんですよね。
ただ、自分の頑張りを認めてほしかった。
「大変だったね」って共感してほしかった。
もっと、みんなと笑い合いたかっただけ。
それなのに、手元に残ったのは「私は正しい」という重くて冷たい鎧だけ。
その鎧は、あなたを守ってくれるどころか、あなたを大切に思ってくれるはずの人たちを遠ざける「拒絶の壁」になってしまっているんです。
「正しいけれど、いつも一人きり」でいるのと、 「理屈はちょっと横に置いて、誰かに必要とされる」のと、 今のあなたにとって、本当に心が温まるのはどちらでしょうか。
今、あなたが感じているその「どうしようもないギスギス感」は、あなたがダメだから起きているのではありません。ただ、無意識のうちに「正論という名の剣」を握りしめて、周りの人を「敵」だと勘違いしてしまっているだけなんです。
実は、あなたが抱えているその苦しみを解く鍵は、アドラー心理学の難しい理論を丸暗記することではありません。生き方の「作戦(戦略)」を、ほんの少し変えてみることにあるんです。
日本の地においてアドラー心理学の普及に心血を注いだ野田俊作氏は、アドラー心理学の本質を、単なるお勉強ではなく、一つの「治療戦略」であると説きました。その戦略の名前は、「競争」ではなく「協力」です。
この記事では、正論という武器を一度そっと置いて、周りの人を「味方」に変えていくための、優しくて強力な作戦会議を始めていきたいと思います。
「課題の分離」という名の、新たな攻撃
アドラー心理学をかじった人が最も陥りやすい罠。それが「課題の分離」の誤用です。
「それはあなたの課題であって、私の課題ではない」
この言葉は、本来は自分を縛る不適切な責任感から解放されるための知恵です。しかし、人間関係がうまくいかないと感じている人の多くは、無意識のうちにこの概念を「相手を突き放すための正論」として使ってしまいます。
論理的には正しい。しかし、心理的にはどうでしょうか。突き放された相手は、あなたを「自分を助けてくれる仲間」とは見なさなくなります。正論によって相手との境界線を引く行為は、協力ではなく、一種の「冷戦」を生み出しているに過ぎないのです。
現代社会、特にビジネスの世界では「どちらが正しいか」という競合的なパラダイムが支配的です。論破、マウント、エビデンスによる制圧。これらはすべて「自分を上に、相手を下にする」ための競争的な動きです。
アドラー心理学を他の心理療法と分かつ決定的な違いは、この「競争」という土俵から降りることを決断する点にあります。野田俊作氏は、これを基礎理論の解説で終わらせるのではなく、人生を好転させるための「実践的な戦略」として位置づけました。
野田俊作氏が説いた「治療戦略」としての協力
アドラー心理学には、自己決定性や目的論など、5つの基本前提と呼ばれる柱があります。しかし、それらを知識として知っているだけでは、人生は変わりません。野田氏が強調したのは、それらをどう使い、どのような「対人関係の結末」を導き出すかという点でした。
もし、あなたが正論を吐き、相手が黙り込んだとしたら。その結末は「勝利」かもしれませんが、幸福ではありません。相手の心の中には、あなたへの不信感と、いつかやり返してやろうという「復讐心」の種がまかれるからです。
ここで、野田氏が遺した補正項の中に記されていた、本質を突く言葉をご紹介しましょう。 それは、5歳の子どもに対する問いかけのような、極めてシンプルな一文です。
「あなたはお友だちを喜ばせたいと思いますか、それとも困らせたいと思いますか?」
野田俊作の補正項より
大人の私たちは、この問いを「道徳」や「綺麗事」として処理してしまいがちです。しかし、アドラー心理学における「他者を喜ばせる」という選択は、道徳ではなく、徹底的に合理的な「生存戦略」なのです。
あなたが相手を喜ばせようと行動する時、相手にとってあなたは「味方」になります。味方が増えれば、あなたの人生の困難は劇的に減少します。逆に、正論で相手を屈服させようとする時、あなたは相手にとって「敵」になります。敵に囲まれた人生が、いかに過酷で消耗的なものかは、想像に難くないでしょう。
論理的な正しさよりも、協力的であること。 合理性よりも、幸福であること。
この優先順位の転換こそが、野田氏が伝えたかった「協力」の本質です。
なぜ、正しいはずの言葉が「壁」になるのか
「相手のためを思って言っているのに、なぜか逆効果になる」
この悲しいすれ違いは、なぜ起きてしまうのでしょうか?
想像してみてください。
あなたが誰かから「あなたはここが間違っているから、こうしなさい」と正論を突きつけられたとき、真っ先に何を感じるでしょうか?
「なるほど、勉強になるな」でしょうか? おそらく、多くの場合は「……わかってるよ、そんなこと」という、不快感ではないかと思います。
人間には、たとえ相手が言っていることが100%正しくても、それを「押しつけられた」と感じた瞬間に、無意識に心を閉ざして反発してしまうという性質があります。
なぜなら、正論を突きつけるという行為は、暗黙のうちに「私は正しくて、あなたは間違っている」「私は教える人で、あなたは教わる人だ」という、目に見えない「上下関係」を相手に強いてしまうからです。
職場で部下を指導する時、家庭でパートナーの非を指摘する時、あなたの言葉が「裁き」になってはいませんか?
「こうすべきだ(なぜならそれが正しいから)」 というメッセージは、どんなに丁寧に包んでも、相手には「今のままのあなたでは価値がない」という否定の矢として届きます。相手が動かないのは、相手が怠慢だからでも無能だからでもありません。自分の「心の尊厳」を守るために、あなたの支配から必死に逃げようと、無意識に抵抗しているだけなのです。
正論で相手を動かそうとするのは、実は「相手を変えてやろう」という支配の心です。人は誰しも、自分の人生のハンドルを自分で握っていたいものであり、誰かの操り人形になりたいとは思いません。
この心の衝突を止める唯一の方法は、あなたが「正しさの剣」を鞘に収めることです。
「私が正しいかどうか」という競争を降り、「どうすればこの人と一緒に、心地よい状態になれるか」という協力の問いを立て直すのです。
正論は「臆病者の防具」である
ここで、少し厳しい視点をお伝えしなければなりません。 私たちが正論を捨てられない真の理由は、それが「正しいから」ではなく、自分が「傷つきたくないから」ではないでしょうか。
正論という鎧を着ていれば、私たちは安全です。「間違っているのは相手だ」と言い続ける限り、自分を省みる痛みから逃げることができます。つまり、過度な正論への執着は、他者と対等に向き合う勇気が欠如している証左でもあります。
アドラーは、すべての悩みは対人関係の悩みであると言いました。そしてその解決策は「勇気づけ」であると。勇気づけとは、他者の困難を、他者の視点に立って共に分かち合おうとする態度です。
あなたが主張するその正論は、相手を味方にしていますか?
それとも敵にしていますか?
もし、その言葉が相手を萎縮させ、遠ざけているのなら、それは心理学的な意味で「誤り」なのです。
野田俊作氏は、治療の場において、理論の整合性よりも「患者が幸せになるかどうか」を最優先しました。私たちの日常も同じです。家族や同僚とギスギスした関係を保ったまま論理的に勝利することに、一体どれほどの価値があるというのでしょうか。
競争の土俵から降りるためのトレーニング
では、明日から具体的にどう行動を変えればよいのでしょうか。
野田氏が説いた「協力」のパラダイムへ移行するための、3つのステップを提案します。
1. 問いを「何が正しいか」から「何を喜ぶか」に変える
議論が熱くなりそうな時、あるいは相手への不満が爆発しそうな時、心の中で自分に問いかけてください。 「今、私はこの人を喜ばせたいか、それとも困らせたいか」
もし「困らせたい(思い知らせたい)」と思っている自分に気づいたら、それは競争の罠にはまっているサインです。一呼吸おいて、「もしこの人を喜ばせるとしたら、どんな言葉を選ぶだろうか?」と考えてみてください。これだけで、声のトーンや言葉選びは劇的に変わります。
2. 「アイ・メッセージ」で横のつながりを築く
正論は常に「YOU(あなたはこうだ)」という客観的な評価、すなわち縦の関係(上下関係)から生まれます。これを「I(私はこう感じる、こうしてくれたら嬉しい)」という主観的なメッセージに変えてください。
「そのやり方は効率が悪い(正論)」ではなく、「そのやり方だと私は少し不安を感じる。こうしてもらえると助かる」と伝えます。アイ・メッセージは相手の領域を侵犯しないため、相手の「反発心」を引き起こしにくいのです。
3. 「小さな感謝」を戦略的に増やす
野田氏が重視した「勇気づけ」の最も手軽な方法は感謝です。 「ありがとう」という言葉は、相手に「自分は誰かの役に立っている」という貢献感を与えます。アドラー心理学において、人が幸福を感じ、協力的な態度を取れるのは、この貢献感を持っている時だけです。
「正論を言うべき場面」をあえて見逃し、代わりに「相手が当たり前にやってくれていることへの感謝」を伝えてみてください。一見遠回りに見えますが、これが相手を味方に変える最短のルートです。
注意点:自己犠牲は「協力」ではない
ここで一つ、重要な注意点があります。 「相手を喜ばせる」とは、相手の言いなりになることでも、自分を押し殺して尽くすことでもありません。
自己犠牲に基づいた親切は、いずれ「こんなにやってあげているのに」という見返りを求める心を生み、新たな競争の火種となります。アドラーが説いたのは「相互尊敬・相互信頼」に基づく対等な協力です。
自分の意見を殺すのではなく、「伝え方」と「目的」を変えるのです。
目的を「自分の正しさを証明すること」から「二人の関係をより良くすること」へシフトさせる。
これが、健全な協力の姿です。
論理を捨てて、味方を作る
私たちは、一人では生きていけません。 仕事の成果も、家庭の安らぎも、すべては他者との協力の上に成り立っています。
もし、今のあなたが人間関係に疲れ、孤独を感じているのなら、これまであなたを支えてきた「正論」という武器を、一度そっと地面に置いてみませんか。
「競争ではなく協力」を選ぶことは、弱くなることではありません。むしろ、自分の正しさに固執せず、相手の不完全さを受け入れ、共に歩むことを選ぶ「強さ」が必要です。
野田俊作氏が遺したアドラー心理学の「治療戦略」は、非常にシンプルです。 あなたが相手の味方になれば、世界は味方で満たされます。
相手の「間違い」を指摘する代わりに、「相手を喜ばせるための小さな一言」を投げかけてみてください。
その瞬間から、あなたの世界は「戦場」から「分かち合いの場」へと変わり始めます。論理に勝つことよりも、誰かと共に笑えること。その豊かさを、ぜひ今日から手に入れてください。

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